何をしていても彼女を思い出してしまう

メールを読み返してみたり
携帯の中のたった一枚の彼女の顔を見ている

一人で頑張っていた葵ちゃん

家族や病院のスタッフに
いつも感謝の言葉を言っていた

自分を励まそうとして撮り始めた写真

俺に送ってくれたのは30枚くらいになっていた

いつか
その写真を使わせてもらうね

綺麗な青ばかりの写真を使って
何かにしたい
俺の写真も混ぜて
コラージュを作ろうか

葵ちゃんが一生懸命生きた証だからね
大切にするよ

もっと一緒にいたかったね
一緒に海を見たかった
釣竿も持たせてあげたかったんだ

きっと楽しそうな顔するんだろうな
釣った魚が跳ねてびっくりするかもしれない
写真を撮ってお母さんに送ると言うかもしれない

そして魚を持って帰って
俺がさばいて刺身にしたり煮つけにしてあげるよ

魚を上手に食べる子かな
それとも俺がほぐしてやろうか

もし大きい魚が釣れたら
一緒に魚拓を作るんだ
そして部屋に貼ろうよ

きっとそれを見る度
その時の話をするんだ
何年もたってからもずっと同じ話を･･･

あれ？温かい物が流れてきた

いつから泣いていたんだろう
葵ちゃん･･･もういないなんて嘘だよね

伊豆までドライブして
白い部屋に葵ちゃんがいて
笑った顔で俺を迎えてくれるんだ

もっと話がしたかった




あの日から1ヶ月たった

葵ちゃんからメールが届いた
葵という文字が見えて
今までの事が嘘だったのかと思えた

まだあの病院にいて
俺に空の写真を送ってくれて
電話して良い？って書くと
良いよと答えてくれて
電話で話すんだ

そのメールは
ありがとうという件名で
葵ちゃんが俺に送ろうとして
そのままになっていたメールだった

お母さんに尋ねたら
送りたかったのではと思い
遅くなったけれど送信してくれたという事だった


（今までありがとう
智さんに会えるなんて夢みたいでした
始めは嘘かと思ったの
一回だけ来てくれてもう忘れてしまうんだと思った
だけど何度も会いに来てくれたわね
すごく嬉しかった
あなたは本当に優しい人でした
好きになってよかった
これからもそのまま素敵な人でいてね
ありがとう。大好きだよ）


何度も何度も読んだから
もう覚えてしまった

葵ちゃんに会えて良かったよ
君は優しくて周りの人にいつも感謝できる子だった

今やっと辛い病気から解放されて
幸せにしてるのかな

ずっと忘れないでいるから
俺の事見ていてよ

俺はもっと頑張るからね

久し振りに青い空を見上げると
葵ちゃんの好きな綿菓子みたいな雲があった

消えてしまわないうちに写真を撮った

どこかで見ているんだろうね

「食べられそうな雲なの」ってきっと言ってるね





良かったらポチっとね

「顔を見に行きたいよ」

「明日行こう
予定を変えてもらおう
俺も行くからね」

遅かったんだ
知り合うのが
俺が彼女を知るのが

彼女からのメールに早く気づいて早く知り合ってもっと話をしたかった

顔を見たかった
中庭で会いたかった
海を見せてやりたかった
なにもかも遅かったんだ

好きになるのも
それに気づくのもなにもかも



次の日彼女に会った
静かな顔で眠っていた

本当に眠っているみたいだった

綺麗な黒髪
白い肌
閉じたまぶたはもう開かないんだ

ニノは泣いていた
俺はもうどうして良いかわからず
ただ彼女の頬を撫でていた

本当に好きだったよ

ずっと忘れない

魂が無くなっても
まだここに体が残っていることが不思議だった

目に焼き付けておきたかった

「もうここまでだね
お葬式には来れないよ」

ニノに言われた

「うん…わかってる」

さようなら
忘れないよ

彼女の両親からお礼を言われた

俺と知り合ってから苦しい治療を弱音を吐かずに受けたこと
毎日空を見ては楽しそうにしていたこと
良くなって海の写真をたくさん撮りたいと言っていたこと
落ち込むことが減って明るい笑顔が増えていたこと

そんな話をしてくれた

涙が止まらなかった

なんて言っていいかわからなくて
ただ二人の手を握っていた



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「智くんどうした？」

「うん…彼女が…
行きたいんだけどね…」

「具合悪いって？」

「うん…だいぶ…どうしよう俺…」

「とりあえず今日は無理だよ…
仕事しよう
普通に元気に…」

「わかってる」

「終わったら考えようよ」

「ニノいつもありがとう」

「良いよ…
辛いときはお互い様なんだから」

「うん…」



もしかしたら…いや
そんなはず無い…

友達が見舞いに来て楽しくて
メールする時間が無いだけだよね

でももしかしたら…
そんなこと無い…

何度も繰り返す思い

早く会いに行きたい



夜遅くなってメールの着信に気づいた
お母さんからのメールだった

静かに逝ってしまったという
短いメールだった

それだけだった
きっと言葉を選びながらも書かなかったんだと思った

携帯を持つ手が震えてしまう
仲間たちに伝えた

「もう今日は帰る･･･帰らせて･･･」

残りの仕事は他の日に変えてもらった

大声で泣き出しそうだった

ニノが家まで来てくれた



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帰りの車の中で
俺は沈んでいく気持ちを何とかしたくて
カズに彼女の話をさせていた

久しぶりに会えて
とても喜んでいた彼女と
一緒に海を眺めながら
ずっと話をしていたこと

お揃いで買ったキーホルダーを見せてくれたり
土産物屋でメンバーに買った
ふざけた土産物の話

「聞いてる？」

「あ…うん…聞いてるよ」

「ぼんやりするなよ
明日からも」

「わかってる」


部屋に戻ってからもずっと彼女の事を考えていた

初めて撮った写メを見る

元気そうに見えたけれど
やっぱり顔色が悪く
目がくぼんで見えた

もう寝てるかなとも思ったけれど
メールした

（今家に着いたよ
また行くからね～
おやすみ）


返信は来なかった

次の日からも返信は来ない

待っていられなくなって
お母さんの携帯にメールした

（大丈夫ですか？返信が来なくて心配してます
具合悪いのでしょうか？）

その日の夕方返信が来た

お母さんからだった

（ありがとうございます。
メールはできそうにありません
あの日はとても体調が良かったのですが
あれからは起き上がれません
ずっと横になっています）

会いたい
早くそばに行きたかったが仕事が詰まっていた



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頼まれて洗面台にあるブラシを渡すと
枕元から手鏡を取り出した

女の子だな

じっと見ていると

見てる…と言われた

「じゃあ　どこ見てれば良いのよ」

「ふふ…鏡持っててくれますか？」

「うん…
きれいな黒髪だね」

「そう？ありがとう…
はい･･･良いよ･･･撮ってください」

「じゃあ撮るよ･･･うん･･･良い感じ」

「見せて」

「ほら…」

「うん…良いわ」

「可愛く撮れたな」

「ふふ…ありがとう
楽しい…来てくれて本当にありがとう
忘れないわ」

「また来るからね」

「うん…そうね」

「疲れた？」

「うん…少し眠りたい…
ごめんなさい…いつも寝ちゃって
お母さん呼んでくれますか？」

「良いよ…」

メールするとお母さんが戻ってきた

「お母さん…いつもありがとう
智くんとメールしているんでしょう
おかけで今日も会えた
智くんも遠いのにありがとう」

「何あらたまって言うの？
そんなこと良いのよ」

「そうだよ…また来るからね　絶対に」


目を閉じたのでもう帰ることにした

後ろ髪を引かれる思いで病室を出た
廊下を歩くとお母さんが追いかけてきた

「智さん…本当にありがとうございました
今日はとても調子が良くて
楽しそうで良かったわ
落ち込んでいる日もあるのよ
メールしてやって下さいね
あと少しの間…」

「え？そうなんですか…」


あと少しってなんなんだ…
あと少し…

カフェに入った
人目なんて気にする気持ちもなくなっていた

そこからカズにメールした

（眠っちゃった…今一階のカフェにいる
どこにいるの？待っていられるからゆっくりでいいよ）

（了解すぐ行くよ）


駐車場に着いたとメールが来たのは
30分後だった

「具合良さそうに見えたけど
違うみたいだ
なんだかあらたまってお礼言われた」

「そうなんだ･･･辛いね」

「うん…辛い」



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